「ヴィーナス」を見た。

　ろうそくが燃え終わる直前に、ほんの少しだけ炎を大きくする最後のつかの間を描いたような映画。有り余っているように見える老いた時間だけど、終わりは近い。ピーター・オトゥールの素晴らしい存在感に大泣きさせられた。オスカーノミネート、と言われて大納得。彼が演じなければ、こんなにカラリと仕上がらなかった映画であろう。

　女好きで快楽主義のピーター・オトゥール演じるモーリスは、ある意味ただの変態エロおやじなんだけど、そこは役者の色気で憎めないように演じられている。私にとっては、色んな事がシンクロするお話で、中盤から涙が止まらなくて、正視出来ない場面もあった。ロンドンの風景は懐かしく、会話のリズムに胸が締め付けられた。イギリス映画にどうしても惹かれる要因は、会話のリズムなのかもしれない。私はまた、あの場所へ行く事が出来るのだろうか。色んな思いがありすぎて、気安く旅で訪れるような場所では無くなったロンドンという街が、本当に愛しく遠い場所に思えた。
　若さとは何と愚かなのだろう。他人の心を踏みにじり、自分勝手で、過ちを繰り返し、目を覆いたくなる。その愚かさが、老人には羨ましいのかもしれない。人生の最期を自分で演出したからのような幕の下ろし方。ハニフ・クレイシの脚本も素晴らしい。

　バネッサ・リンドグレーブの、絶対的な強さと美しさ。老いて尚、凛として、女性として美しく、圧倒的な存在感がある。こういう女性に弱いです。ジーナ・ローランズやジュディ・デンチのような。
　コリーヌ・ベイリー・レイの歌声が心地よく、口ずさんでしまう。ひと時、私の部屋でヘビーローテーションだった彼女の歌声、やっぱりいいね。